都市の財政も赤字を脱出し、いよいよ本格的な拡張に取り掛かれる状態となった。
龍彰はあれこれ考えた結果、ひとつの建物を建設することにした。
「どうか」と典政に相談はしてみたものの、あまり色よい返事は返ってこなかった。
じゃあもう一度考え直す、と龍彰は市長室に戻ろうとしたところを、典政が引きとめた。
「市長、『需給グラフ』はご存知ですか」
「受給グラフ?給料の上昇率が書いてあるのか」
典政はこの市長の天然(なのかどうかはわからないが)ボケに思わず苦笑してしまった。
「需給です。需要と供給を意味します。この需給グラフを見れば何とかなると思います」
典政はそういって龍彰に「需給グラフ」を渡した後、自分の仕事に戻った。
――さて。
「・・・これを見て考えろといったけど、ただ単に棒グラフが書いてあるだけじゃないか」
と、当たり前のようなことをブツブツ口にしながら、1時間ばかしグラフと格闘した。
そうして、ふととあることに気づいた。
「ん?需要と供給はこれとこれだから・・・そうか、今市民が何を必要としているかがわかるものなのか」
市長にしてはものすごーく遅い決断が出た。本当にこの人は市長なのだろうか。
なんだかんだ言いながらも龍彰は自分なりに需給グラフをまとめ、自分なりに結論を出した。
「んー、あれだな。住宅の需要が供給を上回ってるな。ということは、市民が必要としてる、ということだ」
龍彰は典政の判断も聞かずに勝手に話を推し進めていく。
大きな地図を広げ、どこに住宅地を造成する・・・と黙々と考えて30分。
典政が仕事を終え市長室に入ってきた。
「おや市長、一生懸命に住宅造成地を探しておられますね」
その唐突な声に、龍彰は腰を抜かしそうになった。そして、一言大声で叫んだ。
せめてノックぐらいしろ!――と。
そんなこと知ったことじゃないといった顔で龍彰の近くに歩み寄ってきた。
「いいですか、住民は住みやすいところに住むのです。いくら需要が多いからといって、
工業地の横に住宅地を造成するのは少し考え物です」
いくら龍彰にだってそれくらいはわかる。龍彰は典政の言葉に少しむっとした。
だが、後から思い返せばそれがもっともなことだとわかり、少し反省してみたりした。
「ということは、今ある住宅地は人が住んでいますよね?短絡的に言えば、そこは住みやすいところなのです」
ふむふむと龍彰はうなずく。
実際、この2人の立場が逆転したほうが一番手っ取り早いのではないか、と思えるが、
典政は典政で参謀格だし、龍彰は威厳と寛大な心があるので君主(ここでは市長)向きである。
そういうことを考えると、典政は自分の能力を発揮して、この何も知らない(と言ったら失礼かも知れないが)龍彰に対して、きっちりと物事を教えていかなければならないのである。
――まあそれはさておいて。
「すなわち、今ある住宅地の近くに造成するのが一番ベストでしょう。私的には、この山のふもとでしょうか」
そういって指差したのは、発電所がある山(的山)の南、今ある住宅地の西である。
「広さは大体、この住宅地に継ぎ足すような感じで、翔池川(とびいけがわ)の川岸まで造成してはいかがでしょうか」
そう提案すると、龍彰はその提案を認可し、すぐに地区課を呼んだ。
「よいか、今から市を挙げての住宅地造成を行う。範囲はここからここまでで・・・」
龍彰が地区課長に説明している間、典政は違うことを行っていた。
龍彰は決断力と行動力を兼ね備えており、市長の器としては一番いい形なのだが、それ以外となるとどうも鈍い。
この間の商業地造成だって、水道管を引き忘れ、市民からブーイングの嵐だったのである。
典政にしてみれば、「造成したら電気・水道を引くのは当たり前」と考えていたので、龍彰のこの鈍さにびっくりした。
まあ、市長になる前までは一般庶民だったのだから、そう考えると仕方のないことである。
そう考えたとき、ふと自分の境遇を思った。
――自分は何をしているのだろう。
昔からエリートを目指してひたすら勉強してきた。国で一番の大学を目指して、そして無事に合格した。
その後は行政にかかわりたくて、さらに上の勉強をした。とにかく勉強した。
結果、23歳の若さで当時県庁所在地として発展途上だった豊阪市の秘書として配属された。
典政はそこで数々のことを計画・実行し、ついには豊阪市を政令都市へと育て上げ、名前負けしない都市とした。
そんな、ついこの間まで大都市の秘書をしていた自分が、今は一気に田舎の秘書へ格下げである。
いわば左遷なのだろうが、なぜ自分は左遷されたのか。その理由が典政にはいまだ見えてこない。
典政がこの仕事を請けたのは、ただ単に龍良(龍彰の父で県知事)に頼まれたからである。
龍良は典政の腕を認めてたから、もっと大きなプロジェクトとしてここに配属したのだろう。
実際、龍良はこの瀧山市の発展に賭けていた。
この瀧山市は、今まであまりにも広かった県の北部に位置する雫岡市(しずくおかし)を二つに分け、
ほとんど手がつけられてない西側を瀧山市とした。というより、ほとんど手をつけられなかった、というほうがいいだろう。
雫岡市は広い割には人口が少なく、広い分だけ土地代などが取られ、それに対して見合った税収が入ってこない。
結局雫岡市は大赤字となり、それを見かねた県知事が市の領土を二分した、というわけである。
この瀧山市が発展すれば、大富県に大きな影響を与える。相乗効果によって、豊阪市・雫岡市の発展も狙おうという考えである。
それはともかくとして、この瀧山市を典政の手によって大きく発展させてほしい、という龍良の願いが込められているのだが、その願いが典政にはわからない。優秀な人間は意外なところで鈍感なものである。
とにかく典政は龍彰が地区課長と話し合ってる間、水道課へ赴き、水道管の敷設について話し合った後、電気課へも赴いた。話し合うこと、といえば電線の敷設などだが、細かいことはすべて電気課に依存した。
それから1週間後。
市民課長は市長室のドアを静かに開け、龍彰のほうへ歩み寄った。
「市長」
龍彰は窓の外を眺めていたのだが、急に後ろから声をかけられ心臓が止まるかと思った。
「わっ、あっ・・・市民課長。何の御用ですか?」
軽く咳払いをした後、市民課長のほうに向き直り、話の開始を促した。
要するに――。
先日の住宅地造成の効果で人口が急増したらしく、今の瀧山市の人口は1000人。それでもまだ村クラス、と――。
用件だけ述べ終えると市民課長は頭を下げ、再び出て行った。市民課長と入れ替わりに典政が入ってきて、ソファに腰掛けた。
「人口1000人突破ですか。おめでとうございます。ではこれを記念して警察署を建てますか」
いきなりの典政の言葉に龍彰は混乱した。この人はいったい何を言い出すのだろう。話の結びつきが支離滅裂である。
典政が言うには、人口が増えたということは犯罪する人も増える、すなわち犯罪が増える。
1000人というところで節目をつけ、『すみよい街』を目指して警察署を建てましょう、と。
典政の言いたいことがわかった龍彰は納得し、例のとおり建設場所を考えた。といっても、龍彰はもともと決めているところがあった。
龍彰は住宅地を造成するということを考えた時点で、警察署の建設も頭に入れていた。
暇があっては警察署をどこにおいたら市全体をカバーするのかということを計算し、もう建設場所も特定済みだった。
その前に、龍彰は異常なほどに警察への執着心が強く、「需給グラフ」をもらう前に建設しようとしていた建物も、
実は警察署だったのだ。
――まあ、そんなこんなで龍彰は警察署の建設に取り掛かった。
警察署のほかにも、住民が求めるもので言えば、消防署・診療所(病院)・学校・・・などがある。
優先順位は特に決まっていないが、龍彰は予算と相談して決めよう、と今は考えないことにした。
警察署の建設も終わり、いよいよ警察が動き出すとき。
龍彰は警察署の竣工式に出席し、明日から警察が動き出すのかと思うと不思議とワクワクしてきた。
別に自分のことでもないのにやたらとワクワクするのは、まだ子供っぽさが残っているとも言える。
とにもかくにも、これで町の治安は約束された。今後の計画はまだ決まってない。はっきり言えば、行き当たりばったりの市政である。
だが、それもよかろう、と他人事のように考える龍彰だった。 |
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