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11.危機一髪
 

この「長江」号は、約30分かけて長江を横断する。東呉・広陵の輸送力を大幅に上げるものとして期待されている。
広陵は長江の対岸にあり、東呉のベッドタウンとなるように再開発が進められているが、その進行状況が芳しくない。
隣町の秣陵町もベッドタウン化が進められているが、こちらも同じ理由で進んでない。
というのも、東呉から秣陵へは確かに橋でつながっており、車線も片側2車線なのだが交通量が尋常ではないのだ。
国道105号線(東呉街道)は東呉から北に向かって北魏市を経由して遼東市まで伸びている大幹線道路。
むしろ国道105号線は東呉〜北魏へ向かう車がほとんどで、途中町の秣陵は単なる通過点に過ぎないため郊外を走っている。
そのため住宅地がある中心部及び広陵にしてみたら不便極まりないのだ。
シャトルシップ案の前はバイパス建設などの案も出されたが、いずれも没となっている。
(もともと孫策はシャトルシップのことしか頭になかった、という話も一部では聞かれているがおそらく俗説だと信じたい)

――さて船の中。
「海はいいですねー」
周瑜がデッキに立って叫ぶ。
「海じゃないってーの。ここは長江だ」
後ろから冷静に突っ込むのは孫策。しかし顔がにやけてるため説得力はあまりない。
シャトルシップの舵をとるのは甘寧。元海運の貨物部に所属しており、東呉〜秣陵へはよく荷物を運んでいた。
実際、シャトルシップを提案したのは甘寧だといわれているが、表向きは違うということになっているらしい。深い意味は知らないが。
孫策のあとから陸遜、呂蒙なども出てくる。デッキに用意されたイスに座って景色を眺める。
「ささ、差し入れですよ。というか市庁舎からくすねてきたんですが」
ハッハッハという笑い声とともに現れるのは太史慈。いつの間にくすねてきたのかは知らないが、手にはお菓子、ジュース他なぜかワインまである。
「・・・子義」
「は」
「いくらくすねてきたにしてもそれは多すぎだろう。さすがに。人目につくというものだ、それだと」
「いやあ、仲謀さまにお願いしてチクッと食糧庫からもらってきたのですよ。ねえ、仲謀さま?」
後ろに目をやると碧眼の孫権がさらにお菓子等々を持って船内から上がってきた。
「おいおい、市長がそんなことをしても良いのか・・・。しかも政令指定都市だぞ」
孫策が半ばあきれた顔で言う。
「まあ良いではありませんか。終わりよければ全てよし」
と、意味不明な言葉を言いながら孫権がイスに座ろうとすると、孫策が後ろからイスを引いた。
ご想像通り、孫権は座るものがなくなった状態で、尻餅をついた挙句後ろ向きに転倒した。
「いったー、兄上何するんですか!こんな低レベルなこと、そんな年齢になってやらないでくださいよ」
いたたたたと頭を抑えながら立ち上がる孫権。
「低レベルといわれてもこのイスは俺のイスだ。お前はあれにでも座ってろ」
指差した先にあったのは甲板清掃用のモップ。
「どうやって座れというんですかー!」
「んなの、工夫次第で何とかなるだろう。そこから新たな発想が生まれるんだ」
と、弟に負けず劣らず意味不明なことを言いながら孫権から奪ったイスに座りワインをあける孫策。孫権は素直にモップを持ってきたものの、結局は座らないままだった。

「おーい子義。ワインを持ってきたのは良いがグラスがないぞ、グラスが。せっかくの『シュチエーション』がおじゃんだ」
「伯符、それを言うなら『シチュエーション』です」
向かいに座った周瑜が即座に突っ込む。
「村長、残念ながらグラスほど高価なものはありませんでした。倉庫へ行ってみたところ検尿カップが人数分ありましたので持ってきました。はい」
一同それを見て唖然とするしかない。そもそもこんな安い船になぜ検尿カップがあるのかも疑問だが。
検尿カップというだけあって、ご丁寧に中には目盛りが記されていていくら注いだかが一目でわかる超画期的システムだ。
「これなら人数分平等に分けることが出来ますね」
と陸遜。
「突っ込みどころが違うだろお前」
と呂蒙。
「ま、まあ飲むものがないのですからいたし方ありません。これで飲むしか。ラッパ飲みよりマシでしょう」
そういいながら周瑜は一人ひとりの検尿カップにワインを注いでいく。ちゃんと平等になるように。
「うーむ、『シュチエーション』は相変わらずだがまあよい。かんぱーい」
「伯符それを言うなら『シチュエー・・・』」
そういおうとしたところで、全員の「かんぱーい」の声にかき消されてしまった。しかし時刻はまだ正午にもなってないというのに、すでに出来上がってる孫策たちだった。

「ぬおっ!」
驚きの声が操縦室から聞こえてきたかと思えば、それとともに船が大きく傾いた。
「わわわわわわわ」
あれよあれよという間に甲板が斜め45度に傾き、検尿カップも倒れ、イスと机はセットになって主を乗せたまま下っていく。
「これはいい絶叫マシーンですね」
「とぼけてる場合じゃないだろっ!」
孫策、周瑜、呂蒙、陸遜、太史慈を載せたイス(と孫権のつかまってたモップ)は反対側の舷にぶつかってひっくり返った。
「うわっ」
慣性の法則によって海へ投げ出された一同。しかし、その投げ出された先にはちょっとした空間をはさんだあと床があった。
ドスン!という音ともに硬い床に投げ出された一同。見事に弧を描いて飛んだらしい。
「いったー。どこだここは。地面にしちゃちと硬すぎるぞ」
孫策は起き上がりまわりを見渡すが、前と左は海、右は傾いた船、後は障害物。
孫策のほか周瑜たちも起き上がり、孫策と同じようにあたりを見回す。と、右の傾いた船の甲板に立っている人物がいる。
「あ、あれは興覇」
周瑜が言ったのと同時に、全員がそちらへ振り向いた。
「ご無事でしたか皆さん。操縦室から見てるとすごい勢いで飛んでいって思わず拍手してしまいましたよ」
甘寧の横にいるのは魯粛と諸葛瑾。
「いやあ、今の着地は10点でしたな」と諸葛瑾。
「いやいや、スタッと着地しなかったから6点でええわい」と魯粛。
「10点10点10点10点10点10点10点10点10点6点ということできゅーじゅーろく点!ってジジイども黙ってろ!」とノリツッコミをする甘寧。
そういわれてそこから退散して、甘寧の後ろで話し合いを始める2人だった。
「・・・コホン。でですね、皆さんをそこまで着地させた原因は何かといいますと、その皆さんの立ってるところです」
なにやら遠回りで筋道の通ってないことを言われてしばらく沈黙が流れたが、後ろを振り返った周瑜が「あー」とうなずいた。
「突如目の前にその船が現れたんですよ、皆さんの着地したその船が。行政では昨日、安全を考えて東呉西港より東を30分間通航禁止にしてたんですが、その船はそれを破って通ったらしいです」
甘寧は淡々と説明するが、怒りを抑えているのは見てわかる。
「まあ衝突寸前で止められたのでよかったのですが、もう少し遅かったら船は沈んでいたかも知れません」
沈むも沈まないももう少しで沈みそうじゃないか、と船を見て思ったのは孫策だけではないだろう。
「そういうわけで早くそちらから戻ってきてください。今からハシゴを持ってきますので」
っとっと、その前に船の傾きを直さねば、と甘寧は操縦室に一旦戻って船の傾きを直し、ハシゴを持ってきた。

「長江」のほうが若干高さが高いので、微妙に斜めになったハシゴを四つんばいになりながら上り、船のデッキに戻った孫策たちはやれやれといった面持ちでデッキに散らばったイスに座った。
と、そこへ違反を犯した船の操縦士が出てきた。
「おいこらそこのお前、違反犯して禁止区域に突っ込んでくるとはいい度胸だなぁ?えぇ?何とか言ってみろや!」
わずか30センチの隙間をはさんで大声で怒鳴り散らす甘寧。向こうはもちろん平謝りだ。
「申し訳ありません!このような伝達が一切『上』のほうからなされていなかったもので。大変申し訳ありませんでした」
「あと一歩で事故だったんだぞ?下手したらこっちは全員水死してたかもしれないんだぞ?どうするんだこの補償!おいお前、会社名なんだ」
「は、蜀呉海運です」
それを聞いて甘寧はピクッと眉根を動かした。
「蜀呉海運・・・俺が昔いたところか。ふん、昔の職場を相手とってケンカ、か。面白いな」と、独り言を言う甘寧。
「さて、今回のこのことはどうしましょうかね」と周瑜は孫策に聞く。
「うーん、そうだな。蜀呉海運にあとで電話して聞いてみよう。とりあえずいつまでもこんなところにいるのもよくないから、早く向こうへ着かねば」
そういって孫策は操縦士の名刺をもらい、そのままUターンして東呉西港に引き返させた。

そうして再び水の上を滑り出した「長江」号。
孫策たちはデッキに散らばった「もの」の後片付けをして、船室に戻った。
「しっかし、公瑾の勘が微妙に当たったな。事故寸前だった。これ以降、なるべくあんなことは言わないでくれよ」
今度こそ深々とイスに座りなおす孫策たち。
「蜀呉海運に連絡するのは東呉に戻ってからにしましょう。とりあえず広陵での着港式を済ませねばなりません。帰ってからが大変ですよ」
そう周瑜に言われるとげんなりする孫策であった。

それはそうと・・・。
呂蒙、陸遜、太史慈、孫権たちは孫策たちから少し離れた場所で、まだ封の開けてなかったお菓子を開けて二次会をやっていた。
もっともその後、孫策に見つかって「お前ら何やってんだー!」と怒られるわけだが。
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